AI時代こそ『できること』より『楽しめること』を重視すれば幸せだ。

できることを増やそうと思いながら頑張る時期ってあると思います。もうすぐ6歳になる長男や4歳になる次男を見ていると特にそういう頑張りを感じます。

34歳の僕も常に

「もっとできることを増やしたい」

と考えながら生きてきたように思います。でもそのベクトルとは別に、楽しめることが多い方が人生幸せなのかも、なんて思う場面が増えてきました。

たとえば料理の場合、技術的にはアマチュアレベルでも、それ自体を楽しめることがハッピーなんじゃないかなぁ、と。

 

技術的な「できること」は陳腐化する

そんなふうなことをぼんやり考えているとき、こんな本に出会いました。

いい言葉は、いい人生をつくる / 斎藤 茂太

その中に

昔はそろばんが上手だときわめて重宝されたものだ。だが、今ではコンピューターが、縦、横、斜めに足した和、パーセンテージまでたちどころに計算してくれる。

いい言葉は、いい人生をつくる /「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生 より

技術的にできることが全て無駄っていうふうには思いません。そろばんができることはパソコンで計算することとはまた違う学びや気付き、スキルが身につきます。思考能力の向上や「学ぶ」という能力も向上するでしょう。でも、計算を素早くするという部分だけを見れば、もはや時代遅れの技術と言わざるをえない。

技術的な「できること」は陳腐化しやすいものです。

 

「楽しむこと」は人間だけにできる高度な精神活動

先ほど引用した部分の続きにこんな記述があります。

だが、それを楽しむことはコンピューターにはできない。(略)計算を楽しんだり、指示を心待ちにするような高等な芸当はこなせない。

ものごとを楽しむということは、高度は感性なしにはできない精神活動だと思う。

いい言葉は、いい人生をつくる /「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生 より

コンピューターはあくまで処理をスピーディーかつ正確にこなすことが重要であり、楽しむというような感覚的なことは不要。いわゆる”ゆれ”は必要ありません。逆に言えば、感情の”ゆれ”こそが人間らしさなんじゃないでしょうか。楽しい、悲しい、そういう感情の”ゆれ”はとても大切で尊いものなんです。

 

「楽しむこと」は人間の醍醐味。だから技術的なことはコンピューターに任せて人生を楽しもう

あらゆることに楽しみを見つけることは、人間だけに許された生の醍醐味なのだ。

いい言葉は、いい人生をつくる /「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生 より

AI(人工知能)の時代がついに到来すると言われる昨今、技術的な「できること」は今後どんどんロボットやコンピューターに置き換えられていくでしょう。だったらそういう部分はとっとと機械にまかせ、僕たち人間はもっと「楽しむこと」 に注力するべきなんじゃないかな、なんて思うんです。

コンピューターが正確に作り出したうまいカレーもいいけど、シャバシャバで薄味で妙なモノが入ったなんとも不味いけど恋しい母ちゃんの「母の味」みたいなものが今後はもっと重要で、そういう不揃い感・アンバランス感すら楽しめることは幸せなんじゃないですかね。(…まとめが下手すぎる 笑)

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