成功体験のカスは捨てた方がいい、という話。

「成功体験は大切だ。小さな成功体験を積み重ね自分に自信をつけよう」

これ、よく目にしますよね。僕はこれに対して全面的に賛成成功体験は超大切だと思うし、自信を持つこともすごく大切です。

自信を持つためには他人のいいね!なんか不要で、成功体験を重ねていけばいい。

【他人のいいね!なんて要らない】自信とは自分を信じ信頼すること

でも、成功体験にしがみつくことは大きなマイナスにもなると思うんです。

 

成功体験=過去の栄光になってないか?

成功体験というのは、自分なりにチャレンジしてみて成功を収めることで「俺、やればできるやん!」という体験。これを積み重ねることで自分に自信が持てるし、異性にもモテるって話ですね。

それはいいですが、僕が危惧してるのが

成功体験=過去の栄光

という公式になってる場合なんです。どういうことかと言うと

 

うまくいった過去の手段(やり方)に囚われてしまい失敗する

ってことなんです。

例えばソロバンを使った計算。
▼今時の認知度が分かりませんがソロバンってコレです、多輪式ローラースケート

で、ソロバンを使って計算させたらクラスで一番早くて正確!

という成功体験をしたとします。この体験はとてもいい体験。でも世の中が進歩し、電卓やパソコンなど日常での計算処理を飛躍的に向上させる発明が溢れてる今、ソロバンにこだわる理由は(正確な計算をするという目的において)あまりないはず。

でもソロバンでの成功体験にこだわり電卓やPCを拒否していると…気がつくと時代に取り残され、計算スピードも遅い人になるかもしれません。

※ソロバンの有用性を否定するつもりはありません

 

成功体験は旨味成分だけ残して搾りカスは捨てるべし

ソロバンそのものという道具にこだわるのではなく、「計算が得意」という部分や「道具を使いこなすのが得意」というような、経験値としての成分を成功体験として残しておくべきだと思うんです。

「自分はかつてクラスで一番のソロバン使いだったから、計算が得意。だから新しいPCを活用してさらにスゴイ計算力を身につけよう!」

というように捉えれば、時代が進歩しても応用力のある対応ができるんじゃないでしょうか。そういう意味でも、成功体験の不要な部分は”絞りカス”として捨てるべきです。

一発屋的に消えていかないためにも、過去のやり方に囚われてしまい進歩が止まる、なんてことにならないよう、成功体験の本質部分を抽出し自信をもって生きたいですね。

 

▼あわせてこちらもどうぞ

【他人のいいね!なんて要らない】自信とは自分を信じ信頼すること
ふと思ったんですよね、自信ってなんだろう?と。保育園や学校では「自信」について教えてくれないですから、親である僕が考え子に伝えることも大切だよな、とも思うんです。もちろん、子供のためってだけじゃなく、僕自身のためにも。 SNS映えなんて気にせず、自分なりの小さな自己満足(プチ成功体験)を積み重ねればいいんです。
この記事が気に入ったらフォローしよう